6月4日、合同会社リイン、はじまります

6月4日を設立日にして法人リインを作ろうと思っています。その経緯や今考えていることを書き留めます。

法人を作る目的は

世の中でフリーランスが法人を作ることを、法人成りと言います。法人成りをする目的は、一般には節税です。所得が800万円を超えるあたりから、個人所得への課税額よりも法人課税額のほうが、法人にかかる経費を入れても小さくなり利得が出てきます。個人での所得が800万円を超えるのは成功したフリーランスと呼べると思いますが、そのような人たちが法人を作る様を、法人成り、と読んでいます。

私の場合はそこまで所得が得られているわけではなく、節税目的ではありません。自分の生活と事業活動を明確に切り分けるのが大きな目的です。

というのは、自宅で独身でSOHOでフリーランスをしていると、もともとプログラミングや技術は好きなため、個人の好みとしての活動と仕事としての活動の区切りが精神的にも物理的にも曖昧で、24時間働いているような、24時間遊んでいるような気持ちになります。24時間働いていると感じると、その緊張感から精神も肉体も疲弊します。24時間遊んでいると感じると、収入が途絶えるのではないかと恐怖感で、やはり、精神も肉体も疲弊します。フリーランスという立ち位置だけで活動を継続することが、つらくなってきたのです。

そのため、区切りを作る複数の手段の1つとして、法人という器を作りそれを利用していこうと考えています。

社名を決める過程など

個人事業の屋号がリインフォース・ラボですが、これはTVアニメ 魔法少女リリカルなのは の登場人物からもらっています。リインも、リインフォースツヴァイク曹長の名称を縮めて、いただきました。商号を、リインフォース・ツヴァイ、とすると、知的所有権としてあからさまに侵害しているので、リイン、としました。

英語の辞典でリインと引くと、馬の手綱、そこから意味が転じて制御や統制を意味する、rein、という単語があります。フリーランス時代に生み出した知的生産物を蓄積して、それら資本を制御していく統合制御の器として、いい名前だと思います。また元々の祝福の風rein-force のほかに 輪廻 rein-carnation という意味もあります。人を助ける手段となるべし、またもともと無限転生の機能を所有する魔導書さんですから、輪廻という概念への結びつきも、結構いい感じです。

これに加えてleanという単語があります。これは無駄のない、贅肉のない、貧相な、という削ぎ落したイメージの単語で、技術分野ではリーン開発という、無駄を省いた開発手法を指す用語として知られています。なるべく楽をするために、リーン、を目指そうという方向性も商号に含められそうです。英語発音ではreinとlean、この2つの単語は発音が異なりますが、カタカナ表記では”リイン”とすれば、すべての意味を統合した単語にできるのが、便利です。

設立日は6月4日です。リインフォース・ツヴァイの誕生日設定がわからないので、そのマスターであるはやてちゃんの誕生日にしておこうと思います。覚えやすさも、大切です。

現代の魔法使いのデバイスは法人かも

魔法少女リリカルなのはに登場した夜天の書ことリインフォースさんは、各地の優れた魔導師の技術を収集記録し、魔力を蓄積するストレージタイプのデバイスでした。現代の魔法使いことフリーランスにも、技術成果物および特許などの排他的な権利をもたせる主体として、および資本を蓄積する存在として、法人は必要かなと思っています。

法律では、普通の人を自然人とよび、これとは別に仮想的な人として法人を定義して、この人格に出資資金や財産を持たせることを認めています。ですから法律上人と認められるデバイスとして、リインフォースさん、リアルに作れるわけです。

法人の種類にもいくつかあり、会社法で決められる株式会社、合同会社、合名会社、合資会社。別の法律で決められる、技術研究組合、という組合形式もあります。それぞれ、資本を集めて事業をなすための、法人という仮想の人格の定義です。ただし、資本の出し方や運営方法、そして利益配分などの要求パターンにあわせて、法人の種類が発生します。
私の場合は、出資を募り規模拡大を目指すのに適した株式会社よりも、機関の設計が容易な合同会社がいいかなと思っています。

法人に権利や成果物をためていく

お仕事でいろいろな会社と絡んでいくと、技術成果物や権利が発生します。もしもそれが相手側にすべてもたれると、自分が開発した成果物に縛られて、他で同じ仕事をしたら訴えられる、なんて事態を招きます。もしもその技術が自分ができるものであったとしても、それは相手が持っている権利なので、どうしようもありません。このときに、相手の会社に個人として権利を持たせてくれ、と交渉しても、法人でなければ交渉のテーブルにつけません。なぜだか、私にはわからないのですが、なぜか法人のほうが個人より信用されるそうです。

従業員なら、問題はないでしょう。労働と資本の結合たる器の中で、すべての成果物を引き渡すことで、給与が上がるという利益を同じくするわけですから。しかしフリーランスでは、開発までのお付き合いで、その後の製造販売の利益を生み出す活動自体はノータッチ、利益を同じくしない状態になります。そこで権利でロックされると大変困るわけです。その場合は、ロイヤリティーをもらうとか、お互いの利益を考える必要があります。従業員なやり方では、付き合えないのです。

そのために、権利や成果物を蓄積するデバイスとして、法人を求めています。

ですがこの働き方、別に新しいわけではないです。例えば、名を上げた建築士がいる建築設計事務所は、個人の技量で仕事を引っ張ってきて、成果物として自分ブランドな建築物を設計し、それをスタッフも雇って遂行しているわけです。技術開発をそれと同じ形でまわそうとすると、成果物に付随した特許で、将来の仕事をロックされてはかなわないので、その対応が必要です。

この働き方、設計エンジニアでも当たり前になるかもしれません。

いま、試作に使うレーザ加工や3Dプリンタ、3D CADでの設計、量産の金型製作に組立など、ものすごい勢いで仕事が小口化、テンプレート化されて、少数から量産まで、オンラインで直ちに見積もりすぐに発注できる会社が、各業種でどんどん出てきています。そして、小口の仕事を大量に集めて流す会社は、設備の遊ぶ時間が極めて少なく一定品質でルーチン的に処理することで固定費を超える利益を出し、その利益が試作から生まれる特殊な案件に対応する体力となり、特殊な案件に対応していくなかで次のニーズへの対応が実務の中で自然と醸しだされて、どんどん強くなっていく正帰還がかかるわけです。そして、その協力なインフラ化したサービスが、初期費用0で利用できるわけです。もう自社リソースじゃないのだから、大企業じゃないとできないなんて、過去になりました。

こんな会社が各業界ごとにあ世界では、初期投資が極めて小さくなり、使った分だけの従量課金で運用ができます。自社組織で用意することがないため、自社のスケールが大きくなってもスケールメリットが生じません。このような組織では中の人が決定的に重要になります。になるのが、中の人。なにせ、ルーチン化された試作/分析/製造で出てきた結果がいいか悪いか評価する、次に取る行動を考える、意思決定するのは、中の人の仕事だから。ここは判断の主体が自分なのだから、変わりようがない。そうすると、いままではルーチンワーク的なエンジニアも社内に必要だったのが不要となり、そのかわり、エンジンを使い意思判断をして価値を生み出す人が必要になる。それって、経営者ですよね。

こんな世界だと、新卒者はまずどこかの”事務所”で下働き的に働き、数年で実力と経験、ノウハウをみにつけて、また自分も独立する(暖簾分け)のが、当たり前になるかも。昔からある、京セラのアメーバ経営など、経営の見える化ツールが、その時には道具として使えるかもしれないと思っています。

世界に提案する価値観

せっかく法人をつくるので、ソニーの設立趣意書の闊達なる工場、みたいな価値観を提案してみようと思います。

高度経済成長による物質的な豊かさの達成、その後につづく百貨店や宅配などの物理的な流通革命、そしてインターネットの情報流通革命ときました。今着ているのが、それらを通して蓄積した資材やノウハウを極端に大きくスケールメリットをきかせたインフラを小口化して提供する各種クラウドなサービス時代です。そんな初期資本0、知恵と勇気と行動力が、りりんりーんとなって儲けにつながる世界の価値観ってなんだろう?

話は横飛して、Visual ArtsのゲームブランドKeyにRewriteってゲームがあります。そのエンディングの1つに、生命力を価値基盤とした社会ってのが出てきます。その世界は、寒冷化などで人間文明の存続が難しい環境にあるのですが、人間の生命力を物理的な力に変えたりする技術が生まれることで、人間社会が維持できてる世界です。ブルトーザみたいな重機や自動車、そして気象制御まで、すべての動力源が”人間の生命力”。生命力を使うほど余寿命が短くなる、だから、生命力を使い社会に貢献する人は尊敬の対象となる、そんな社会。もちろん、生命力を使う技術は誰でも使えるものではなく、生まれながらの資質や訓練により初めて得られるものです。

これ、石油みたいに地面に埋まっているとか、そんなものじゃないところに価値基盤なのですね。後の世に生まれてくる人間の生命力自体が資源。そして自分が持っている生命力は生まれながらに量が決まっている。それをどう使うかは、自分が考えていかないといけない。

今の時代、会社に投資をしても、その中の人の価値観やセンスで、出てくるものが5桁も価値が違うものになることは、ざらにあります。iPhoneみたいに。それはなんだろう? 人、あるいは個に近いレベルの人間集団、が価値の源泉となる、決定的に価値を生み出す核がそこになっていく、のだろうと思います。そうすると、その人達の生きている時間を使いたい、そう思うと生命力が価値基準になると。その社会を動かすための価値換算に通貨は使われるでしょうが、本質、それは運用のための道具に過ぎないと。もしもその価値を生む人達が会社から抜けたら、その会社にどれほどの資産があっても、価値のない会社になると。ジョブスのいなくなったApple、みたいに。

そんな感じしてます。人が人として、本当に価値を生み出す核として、本質の価値を所有する、そんな価値観です。

合同会社リイン、はじまります。