リーン開発と"こんなこともあろうかと"

"こんなこともあろうかと"はこんなこともあろうかととは - はてなキーワード宇宙戦艦ヤマト真田志郎技師長以来使われる困ったときのお助けアイテムです.
このエントリの趣旨は,テレビなどの荒唐無稽なSF設定に"科学的"な検証を与えたことで高い人気を誇るwikipedia:空想科学読本に対して,荒唐無稽なSF設定およびそのストーリーに開発論や組織論の視点からの検証を当てるものです.

もしも職場に"こんなこともあろうかと"を言うマネージャーがいたら

もしもそんなマネージャーがいたら,現場の技術者の視点からどう見えるかを想像してみましょう.

予算管理はどうなる?

間違いなく技術開発のために予算超過します.まず予測される困った事態というのは星の数ほどあるでしょうし,それらの問題を解決する技術的な手段も複数あるでしょう.そして開発には応分の時間が必要です.使われるかどうかが不確かな無数の選択肢をつついていては,予算は間違いなくオーバーフローします.

その組織運営で勝てるのか?

ブリッジメンバーのうち技師長しか新兵器の存在すら知らないことから,予算を含めた技術まわりの組織運営は技師長に一括で渡されて,その内容が報告されていないと想像されます.
"こんなこともあるかもしれない"と爆走する技師長に予算と技術開発の全権を任せてしまい,それを抑制するサポート要因なりのフィードバック機構がなければ,現場は暴走する技術開発の渦に巻き込まれ,現場の開発者はデスマーチへと突入するでしょう.

在庫はどうなる?

予算以上に深刻な問題は在庫でしょう.ヤマトの倉庫は"こんなこともあろうかと"アイテムで埋め尽くされているはずです.補給線も確保されず単艦イスカンダルを目指すヤマトにとって貴重な物資を不良在庫に変えられてはたまったものではなかったのだろうかと思います.

全ては技術で解決?

よくよく考えてみると,"こんなこともあろうかと"を予測できる能力があるならば,戦略会議か何かでちゃんと案件を出して,早めのリスク分析で対応しろよとツッコミを入れたくなります.人外の技術力を有する真田技師長だから,全てを技術力で解決してしまうのかもしれません.ですが,時間のかかる技術開発をしなくても,例えば進路を変更するなど,既にあるリソースで対応する手段はたくさんあるようにも思います.

"こんなこともあろうかと"は無駄なのだろうか?

いわゆるトヨタのカンバンやラインストップ,そしてリーン開発の考えの本質は"顧客の利益にならない要素は無駄である,それらは排除対象である"です."こんなこともあろうかと"の裏には膨大な無駄が潜んでいるように思います.
しかし,ヤマトと普通の会社では置かれた状況が異なることに注意が必要です.ヤマトは単艦イスカンダルを目指しており,その成否が地球人類全ての命運を決定します.したがって,極論ですが,デスマーチでヤマトの技術者が命を落としても何も問題がない(かもしれない)という,まさに命をかけた現場であることには注意を置くべきでしょう.

まとめ

真田技師長を例として,"こんなこともあろうかと"をのたまう万能マネージャーがいる現場はどうなるだろうかを,現場技術者の視点から考えてみました.3点あります:
1つは予算と人のデスマーチ."今は不要だけど必要になりそう"な一撃必殺の技術開発を並列して無数に進めてしまい,限られた現場のリソースは予算も人もデスマーチ状態になっていたでしょう.
2つは不良在庫の山.開発された成果は倉庫にうず高くあるでしょう.運の悪いことに,それらの在庫は"こんなこともあろうかと"に使われない時期,つまり賞味期限,の見極めが困難でしょうから,破棄できずにいつまでも倉庫にありつづける典型的な不良在庫と化したでしょう.その不良在庫はヤマトの船速を落としたのではないかと心配になります.
3つは,技術開発が最良の解決手段とは限らないこと.もっとコストがかからない運営があるだろうと思います.
蛇足ながら,このような運営があったとしたら,非戦闘時の組織運営能力の視点からは,沖田艦長は無能ではないかと疑いを持ちます.

これらの考察から,"こんなこともあろうかと"というマネージャには近づかない.可能ならば積極的に避けるべきだと結論づけます.